男にフラれたその夜、私はラブホテルに一人で入った。
べつにやけになったわけじゃない。
ただ、どうしてもひとりになりたくて……でも、静かすぎるビジネスホテルじゃ、
気が狂いそうだったの。
フロントで「空いてる部屋、適当で」と告げると、鍵は無言で渡された。
206号室。
廊下を歩いていると、どこかの部屋から女の笑い声が漏れてきた。
でもその声が、なんだか妙に濡れていて――
まるで、すすり泣きと笑い声が混ざったような、不快な響きだった。
部屋に入ると、あまりに普通の内装で拍子抜けした。
少し古いが清潔なベッド、ジャグジー付きの風呂、備え付けの鏡。
どこにでもあるラブホの一室。
……のはずだったのに。
ベッドに横になると、すぐに眠気が襲ってきた。
服を着たまま、うとうとと意識が沈んでいく――そのときだった。
――誰かが、私の髪を撫でている。
「……え?」
目を開けると、天井には誰もいない。
けれど、確かに首筋に“女の指”のような柔らかな感触が残っていた。
「誰?……いるの……?」
返事はない。けれど、鏡に映ったベッドには、私以外の“女”が映っていた。
長い黒髪を垂らし、裸の背中をこちらに向けて、私のすぐそばに――
その女が、振り返った。
白く濡れた顔。黒く濁った瞳。
そして――赤く、濡れた唇。
その唇が、ゆっくりと開いた。
「わたしも……ここで、あいされたの……」
「あなたにも……同じこと、してあげる……ね?」
身体が動かない。声も出ない。
けれど、熱い舌が首筋に這い、胸を撫でる指先が、確かにあった。
それは気持ちよさと同時に、底のない寒さをも運んできた。
喜びと、絶望のあいだを彷徨うような快感だった。
ふと視線を戻すと、鏡の中のベッドにいたのは――私ではなかった。
そこにいたのは、さっきの“女”だった。
満足げに、うっとりと目を閉じて、私の身体で悦んでいた。
――206号室、
もう、空いているはずなのに……ね。
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