第一章:雨上がりの路地裏
あの日、私は家出した。
家のことも、学校のことも、もう全部うんざりだった。
靴が水を吸って冷たくなってきた頃、私はいつの間にか――知らない路地に迷い込んでいた。
昭和の香りがする、どこか古びた街。
裸電球が吊られた小さな食堂、看板の文字が薄れた駄菓子屋、そして奥へと続く石畳の路地。
「……ここ、どこ?」
そう呟いた瞬間、向こうの影から、ひとりの少年が現れた。
赤い狐のお面をつけた、白い着物姿の少年。
その目だけが、お面の奥からこちらをじっと見つめていた。
第二章:狐面の少年
「君、ここに来ちゃいけなかったのに」
少年は静かにそう言った。
口調は柔らかいけれど、どこか冷たい風のような響きを持っていた。
「ここは“帰れなくなった人たち”の街なんだよ」
彼は私に「ユウ」と名乗った。
ユウはこの世界――“迷い町”と呼ばれる場所の案内人であり、守り手なのだという。
“迷い町”には、何かから逃げたくて迷い込んだ人だけが辿り着ける。
でも一度足を踏み入れると――簡単には帰れない。
第三章:記憶と灯り
ユウは私をいくつかの場所に連れて行ってくれた。
浴衣姿の子供たちが紙風船で遊ぶ通り。
夕焼け色の空の下で、線香花火が消えるのをじっと見つめる老婆。
そして、時間が止まったように動かない時計屋の前。
どこも静かで、少し寂しくて、でも優しかった。
「どうして君は、ここにいるの?」
そう聞くと、ユウは少し笑って言った。
「僕も、迷ったんだ。とても昔に」
第四章:帰る方法
迷い町に来た者が現実に帰るためには、
「心に灯りをともすこと」が必要らしい。
「君がいちばん大切なものを思い出せたら、道はきっと開くよ」
だけど、私には思い出せなかった。
逃げてきた理由も、戻るべき場所も、全部ぼやけていたから。
「……もう、帰れなくてもいいかも」
ぽつりとそう言ったとき、ユウの表情が曇った。
「それはダメだよ。ここに居すぎると、君は本当に“影”になってしまう」
第五章:夜祭りの火
ある晩、町に「幻の夜祭り」が始まった。
それは、年に一度、迷い町に“帰れる人”が現れるときにだけ開かれるという。
提灯の明かり、和太鼓の音、遠くから響く歌声――
でも、町の人々は一様に俯き、誰も笑っていなかった。
私は、ユウの手を握って言った。
「お願い、連れてって。帰る道があるなら、行ってみたい」
ユウは少し黙って、それからゆっくりうなずいた。
「君の灯りは、ちゃんとともってる。……僕が最後まで、見届けるよ」
最終章:別れの朝
町を出る小さな鳥居の前で、ユウは立ち止まった。
「ここを抜けると、全部忘れちゃうよ。僕のことも、迷い町のことも」
私は涙がこぼれそうになるのを我慢して、ユウの狐面に手を伸ばした。
その奥に見えたのは、どこか悲しげで、それでも優しい少年の目。
「忘れても……ありがとう」
そう言って、私は鳥居をくぐった。
エピローグ
目が覚めた時、私は駅のベンチに座っていた。
夏の終わり、朝の空は少しだけ肌寒い。
鞄の中には、見覚えのない狐の小さなお守りが入っていた。
私は立ち上がり、歩き出す。
心の中に、小さな灯りをともして――。
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