月が黒く欠ける夜、リリィは母の命に背いて、家の裏にある森の小道をひとり進んでいた。
行く手に立っていたのは、「影町(かげまち)」と呼ばれる、地図にない夜の町。そこでは誰もが仮面をつけて生きていた。
「お入りなさい、仮面のない子よ」
そう言ったのは、銀の長い嘴(くちばし)を持つ医者の仮面をした男。
町の住人たちはリリィに仮面を差し出した。猫の仮面、鳥の仮面、赤い泣き顔の少女の仮面――。
「どれでも好きな仮面をかぶればいいのよ。そうすれば、あなたも“こちら側”になれるわ」
声をかけたのは、赤いドレスの女。彼女の仮面は、笑っていた。けれど目の奥は、ひどく寂しそうだった。
リリィは不思議だった。
なぜ皆、顔を隠すの?
なぜ本当の名を捨ててしまったの?
やがて彼女は一枚の仮面を手に取る。それは、まっさらな白い仮面――まだ何者にも染まっていない仮面だった。
「かぶる?」と、仮面たちは囁く。
「かぶれば、痛みも、後悔も、全部忘れられるわよ」
「代わりに、本当の顔も、夢も、戻らなくなるけどね」
リリィは迷った。
母の怒った顔、友達に笑われた日、声を殺して泣いた夜。
仮面をかぶれば、そんなのぜんぶ――なかったことにできる。
でも。
「わたしは、わたしの顔でいたいの」
そう言って、リリィは仮面を置いた。
町に風が吹き、仮面たちはカタカタと鳴いた。
その音はどこか、泣き声のようだった。
目を閉じて、再び開いたとき、リリィは元の森に戻っていた。
だけど、それから時々、鏡を見ると知らない顔が映るのだという。
白い仮面をかぶった、小さな自分のような女の子が、鏡の中でじっとこちらを見つめているのだ。
――「次は、かぶるかもしれないね」
そんな声が、どこかから聞こえたような気がした。
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